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大阪地方裁判所 昭和63年(ヨ)1437号 決定

申請人

山口静郎

被申請人

大野株式会社

右代表者代表取締役

大野一正

右代理人弁護士

木原邦夫

右同

木原康子

右同

三野久光

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立て

一  申請人

1  申請人が被申請人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、昭和六三年一月一二日以降毎月末日限り一か月金一七万一七一九円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

主文第一、二項同旨。

第二当裁判所の判断

一  本件解雇の存在等

申請人が被申請人に昭和六二年四月末ころ採用され、その従業員になったこと並びに被申請人が申請人に対し同年一二月一一日解雇の意思表示をなしたこと(以下「本件解雇」という。)及び同月一二日解雇予告手当として金一七万円を支払ったことは当事者間に争いがない。

しかるところ、申請人は本件解雇につき被申請人が支払った解雇予告手当の金額に不足があり、また何ら解雇を相当とする事由が存在しないから、本件解雇は無効である旨主張し、一方被申請人は、申請人には勤務成績が著しく不良で上司の指導に従わず同僚との折り合いも悪い等就業規則一六条三、四項の通常解雇事由が有り、本件解雇は右解雇事由に基づき、かつ解雇予告手当を支払ってなした通常解雇であり、仮に本件解雇が通常解雇としての効力を有しないとしても、申請人の行為は就業規則六七条六項ないし四項の懲戒解雇事由に該当するので懲戒解雇としての効力を有する旨主張するので、以下検討する。

二  本件解雇に至る経緯

前記当事者間に争いのない事実と本件疎明資料及び審尋の結果を総合すると以下の事実が一応認められる。

1  被申請人は、婦人子供服の服飾付属品の製造・卸売りを業とし、大阪本社に三〇名余りの従業員を、東京出張所を含めると約四〇名の従業員を擁する株式会社(以下「被申請人会社」ともいう。)である。一方申請人は昭和二五年七月二六日生まれで、大学卒業後少林寺拳法のコーチ等を経て昭和六一年一〇月から昭和六二年一月まで投資顧問関係の会社に勤めた後、同年四月末ころ被申請人会社に営業候補として採用された者である。

2  申請人の採用後三か月は試用期間であったところ、右期間中商品の入出荷係に配属された申請人の勤務態度につき、申請人を指導した担当者から、商品の取扱いが粗雑で荷造りの仕方が杜撰であり、また作業の際周囲の迷惑を考えず行動し、注意をしても素直に指導に従わないなどの問題点があったとの報告があった。

しかし被申請人会社は、申請人の三か月の試用期間が終了する同年七月末ころ、申請人につき現状で問題があっても将来改善の余地が有るものと考え、同人を営業担当の部署(営業一課)に配属し、地域として和歌山・神戸等を担当させることとし、営業活動上の基本的な指示を与えたうえ、営業活動を開始させた。なお、売上ノルマとしては、申請人が新入社員で経験が浅いこと等を考慮し、一か月当たり二〇〇万円という売上額を設定しこれを達成するための営業方法を指導した(但し申請人の右売上ノルマは被申請人会社の売上集計上は同年九月より計上された。)。右金額は、被申請人会社が申請人に支払う賃金(月額一七万円)に見合う程度の粗利益を被申請人会社にもたらすに過ぎず、ちなみに、営業全部署の一人当たりの一か月の平均売上額は、約八〇〇万円であり、また申請人が所属する営業一課の申請人を除く一人当たりの平均売上額は、一か月約八五〇万円であったもので(いずれも同年一月から同年一一月までの実績に基づく。)、それと比較して申請人のノルマはかなり低く設定されていたことが窺える。

3  しかるところ、同年八月末になり被申請人会社は、申請人のそれまで一か月間の営業成績が極めて低調であり、同人の売上の集計を開始した同月二〇日から末日までの売上額が二一万円余りで、それ以前の売上を含めても一か月の売上ノルマを著しく下回ったことから(申請人の売上の一部が他の者の売上に加えられていたという集計ミスがあったが、さしたる金額ではなく、それを含めても売上ノルマを著しく下回っていたものである。)、大石常務取締役と営業一課平岡課長とが申請人とミーティングを行い、申請人が営業活動上の基本的な指示を守っていないことや商品知識の乏しいことなどを指摘し、さらには営業に不向きであるとして内勤に変わるよう勧告した。これに対し申請人は自己の営業活動上の問題点につき素直に上司の指導を聞き入れず、さらに前記勧告に対しては感情をあらわにした反抗的攻撃的言動で応酬し、興奮状態となった。そのため、大石常務取締役は、収拾策として申請人に引き続き三か月程度営業を担当させて様子を見ることとし、申請人に対し一か月二〇〇万円の売上ノルマを達成すべきこと、もし営業成績が引き続き低調な場合には解雇も含めてペナルティーを課すことを考慮しなければならない旨申し渡した。

4  しかしながら、申請人の同年九月の売上額は五三万三一八五円、一〇月は八六万三四二六円、一一月は三八万八〇九七円と極めて低調で、同人の売上ノルマを著しく下回り、一向に改善の傾向がみられなかった。同人の売上ノルマ達成率は三か月トータルで三〇パーセントであって他の者と比較して著しく低く、また前年において新入社員であった西分和幸の同時期の実績(売上ノルマ一か月三〇〇万円を、前年九月から一一月の三か月間のトータルで九割以上達成した。)と比較しても格段に低いものであった(但し配属部署が異なる。)。もっとも、その間申請人は従前の担当者から引き継いだ五件の取引先のほかに新たな取引先を七件開拓し(長期間被申請人会社との取引が途絶えていた取引先を含む。)、一応の営業努力は行っていたものの、右の新規取引先も多くは散発的な取引で取引額も少なく、将来発展拡大が見込める取引先として評価しうるものではなかった。また、申請人の得意先訪問の状況等からみても、効率の良い営業活動を行っているとは言い難かった。のみならず、申請人が担当する取引先からは、申請人について商品知識に乏しいとか同一商品について度々単価が異なり信頼性に欠けるなどの苦情が寄せられ、出入り差止の要望さえ出るようになった。

5  さらに、申請人は、協調性に欠け自我が強い性格であって、上司の指導を素直に聞き入れず、自己の非を指摘されると感情的に反発したり責任逃れの態度をとる傾向が強く、また同僚との折り合いも悪く、一二月の忘年会につき申請人との同席を嫌って他の従業員達がボイコットの申し入れをすみ状況にまでなった。また申請人も、受注した各商品の出荷を出荷係を信頼して任せようとせず全て自ら行うなど、他の者の協力を得ようとせず、そのような申請人の姿勢が営業成績が振るわない原因の一つになっていたともみられる。

6  そのため、被申請人会社は、申請人の勤務成績が著しく悪く、改善の見込みがなく、しかも会社内で人間関係の融和を欠くことから申請人を退職させるほかないものと考え、同年一二月一一日、申請人に対し退職を勧告したところ、申請人が応じず、却ってそれは解雇か、もし解雇の意思表示であれば正式に文書を出して欲しい旨要求したので、被申請人会社は申請人を解雇することを決意して右要求を了承し、翌一二日申請人に解雇予告手当金として一七万円(月額基本給一三万二〇〇〇円、調整手当三万円、住居手当五〇〇〇円及び皆勤手当三〇〇〇円の合計額相当)のほか一二月分の日割り給料、冬季賞与金等を併せて支払い、さらに同月二一日付けで申請人に対し解雇理由を明らかにする文書を送付した。

三  本件解雇の効力

そこで本件解雇の効力につき検討するに、(疎明略)によれば被申請人会社の就業規則一六条は、通常解雇事由として三号において「甚だしく怠慢か、または勤務成績劣悪でそのため会社または同僚の迷惑になるとき」と定め、四号において「前各号に準ずる程度の事由があるとき」と定めていることが一応認められるところ、前記事実によれば申請人は被申請人会社が控えめに設定した売上ノルマを著しく下回る営業成績しか上げられず、その改善の兆しも見当たらず、申請人の、上司の指導を受け付けないなど協調性を欠く性格からしても今後向上の余地も期待できず、加えて社内での人間関係の融和を欠くことや申請人は被申請人会社が他の職務に転属させようとしたのにこれを拒否したことをも勘案すると、申請人について就業規則一六条三号もしくは四号に該当する事由が存したものと認めることができ、被申請人会社が申請人を解雇相当と判断したことは止むを得ないものというべきである。

さらに、申請人は被申請人会社が支払った解雇予告手当の金額につき、平均賃金の算定上通勤手当、出張手当及び時間外手当を加算しておらず、そのため三〇日分の平均賃金に満たないから本件解雇は無効であると主張するところ、本件疎明資料及び審尋の結果によれば被申請人会社が支給する通勤手当、出張手当は実費補償たる性質を有し、賃金の性質を有するものではないが、時間外手当(一か月金一七一九円の定額)については労働の対価たる賃金の性質を有することが一応認められる。しかし被申請人会社が支払った解雇予告手当に不足があるとしてもその不足額は僅かであり、しかも審尋の結果によれば被申請人会社は本件解雇につき即時解雇に固執するものではなく、解雇予告手当は被申請人会社が相当と判断した金額を支払ったもので、もし右金額に不足があることが終局的に確定したときはその不足額を追加して支払う意思があることが窺われるから、本件解雇は即時解雇の効力を生じなかったとしても、遅くともその意思表示がなされた日から労基法二〇条一項所定の予告期間である三〇日の期間を経過したことによりその効力を生じたものと解すべきである。

四  総括

以上によれば、申請人は昭和六三年一月一〇日の経過をもって被申請人会社の従業員たる地位を失ったものというべきであるから、本件仮処分申請はその余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないことが明らかであり、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないから、いずれも却下することとし、申請費用につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 田中澄夫)

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